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2016.09.17 Sat UPDATE CULTURE INTERVIEW

今月の映画のハナシ。吉田修一『怒り』

今月の映画のハナシ。吉田修一『怒り』

ひとりの映画ファンとして
これまでに観たことがない
日本映画だと感じました

犯人を決めずに執筆
終盤で犯人が分かった

 八王子で起こった殺人事件から一年。犯人は逃亡中で手がかりが見つからない中、東京、千葉、沖縄に、それぞれ素性の知れない男が現れる。3人のうちの誰かが犯人なのか…。2014年に刊行された同名小説を映画化。監督は『悪人』の李 相日が務め、主演には渡辺 謙をはじめ日本を代表する7人の豪華俳優が集結。重厚な人間ドラマと俳優陣の体当たり演技が観どころの、骨太なヒューマンミステリーとなった。今回は原作者の吉田修一氏に話をうかがい、本作の魅力や本作に込めた想い、さらに作家としての源泉に迫る。

『怒り』を映画にするなら、お任せするのは李監督しかいないと思っていました。『悪人』での手応えや信頼というものももちろんあるのですが、『怒り』は連載していた当時から李監督を意識して書いていた部分もあるんです。『悪人』では映画の脚本を李監督と共同執筆させてもらったのですが、その時に「悪とは何か」「善とは何か」「人間とはなにか」など、李監督といろいろな話をしました。だから『怒り』を書いているときにも、この人物がこう動いたら李さんはどう思うだろう、こういう展開は李さんが好きそうだなとか、そういうことが頭をチラチラしていて。凄く大げさに言えば、李さんといっしょに書いているような感覚があったんです。ですから僕としては、李さんに作品をお任せするのはごく自然な流れでした。
完成映像を観たときの衝撃は今でも鮮明に覚えています。原作者としてではなく、ひとりの映画ファンとして、これまでに観たことがない日本映画だと感じました。3編の物語が巧みに同時進行していくのが理由だとは思うのですが、まるで映画3本を同時に観ているような圧力を受けて、息継ぎすらできない。たいていの場合は、この先はこうなるなとか、こういうリズム感なんだというのがイメージできるものですが、それが一切できなかったんです。もちろん原作者なので話の展開は分かっているんですけど、リズム感や役者さんの佇まいなど、右に曲がると思ったら左に曲がってみたり。李監督は、そういう映画作りにおける運動神経が抜群なんだと改めて感じました。また、それを支える俳優さんたちの演技も本当に素晴らしいのひと言です。登場人物たちはライトが当たることのないマイノリティな存在なんですが、だからこそ、それを超メジャーな役者さんたちが演じるということに意味があったと思います。それにこれだけの豪華俳優陣による演技合戦というのはなかなか観られませんから、彼らの演技を観るためだけでも映画館に足を運ぶ価値は十分過ぎるほどありますよ。
『怒り』というタイトルは新聞連載に際して最初に付けたのですが、なぜこのタイトルにしたのか、実は自分でもよく分からないんです。僕の場合はいつもそうなのですが、新しい作品に取りかかる際、その時々でテーマや言葉、キャラクター、場所の情景などが浮かんできて、そうなるとそれ以外は書けない状態になるんです。あの、別に『怒り』だからといって、何かに猛烈に怒っていたというわけでもありませんよ(笑)。怒りはモチーフではありますけど、描いているのは「なぜ信じきれなかったのか」、あるいは逆に「なぜ信じたのか」といった人間の内面だと思っています。先日主演の渡辺 謙さんと対談した際、渡辺さんが「題名は『怒り』だけど、これは純愛の話だよね」とおっしゃっていたのですが、その通りだと思います。人を信じて誰かのことを深く想うというのが、小説と映画に共通した根幹にあるテーマなんだと思います。もちろんストーリー展開としては殺人事件の犯人を追うミステリーですから、誰が犯人か分からないドキドキハラハラ感もおおいにあり、ぜひ楽しんでいただけたらと思います。
実は、執筆中は誰が犯人なのかをまったく決めずに書いていて、かなり終盤で「あ、こいつが犯人だ」とピンときたんです(笑)。これは僕のこだわりと言える部分かもしれませんが、殺人犯だからこういうことを言うだろう、やるだろうという描き方はせず、あくまでひとりの人間として描きたいんです。殺人犯に限らずですが、例えば年齢や性別、職業、家族構成などのバックボーンだけで、世間はつい画一的にイメージを固めてしまいますよね。でも僕は自分だけのイメージをちゃんと作りたい。それはおそらく、人間に人一倍興味があるからだと思います。だからこそ自分だけの人物像を確立させて、その内面をしっかりと描きたいと思うんです。僕が小説を書く動機は、それが原点なのかもしれませんね。

 

PROFILE
1968年9月14日生まれ。長崎県出身。1997年に『最後の息子』で第84回文學界新人賞を受賞し小説家デビュー。『パレード』で第15回山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で第127回芥川賞などを受賞。『悪人』が李 相日監督、妻夫木聡主演で2010年に映画化されたほか、映像化作品も多数。

 

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(C)2016 映画「怒り」製作委員会

 

『怒り』
ある夏の日に起こった殺人事件。現場には「怒」という血文字が残されていた。未解決のまま一年が過ぎたころ、素性の知れない3人の男が現れる。千葉の港町、沖縄の離島、そして東京。3つの舞台で疑わしき男たちと出会い、彼らを愛した人々。果たして、それぞれが愛した男は犯人なのか…。

監督・脚本:李 相日、原作:吉田修一、音楽:坂本龍一、出演:渡辺 謙、森山未来、松山ケンイチ、綾野 剛ほか。9月17日[土]より、全国東宝系ロードショー

 

 

図2

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