俳優、そして写真家というふたつの顔を持つ永瀬正敏。その彼が弱視のカメラマン・雅哉を演じた映画が、河瀬直美監督の『光』だ。
「撮影開始の約2週間前に舞台となる奈良に入り、弱視を体験するゴーグルを付け、実際に街も歩きましました。河瀬組の撮影では、『永瀬が演じた雅哉』の演技をすると『雅哉としてもう1回生きてきて』とNGが出るんです。長年お芝居をする中で、着いてしまった垢のようなものを削ぎ落とされる感覚がありますし、映画で人の半生を生きることを純粋に追求できる現場でした」
弱視の雅哉は次第に視力を失っていく。映画の音声ガイドの仕事をする美佐子と出会っても、雅哉は最初、苛立ちを見せるばかりだ。
「少し目が霞む、という段階から、最後は失明してしまう彼の病気は、僕も含めて誰にでも起こり得るものだそうです。彼の苛立ちは、見たいものが見えなくなり、撮りたいものが撮れなくなる恐怖の裏返しだと感じました。役としてその状態を体験するなかで、100%の理解はできなくても、極力そのすべてに寄り添いたいと思いました」
本作は「人は大切なものを失った
時にどう生きるのか」を問いかけ、「失ったからこそ得られる“光”が
ある」事を感じさせる作品でもある。
「ごく普通に生きている人達も、心が闇に覆われる瞬間があって、悩んだり苦しんだりする。そんな時も、必ずどこかに光は寄り添ってくれていている……ということを監督は伝えたかったんだと思います」
なお映画内の雅哉の写真集には「写真家とは時を獲物にするハンターのようなものだ」という言葉が登場する。その言葉は永瀬が「収録された写真が全部好き」という森山大道の『A HUNTER』と重なるが、「映画のセリフは監督が書いたもので、まったくの偶然」だそう。
「この写真集は僕が10代のころから通う書店で、信頼している店員さんから勧められたもの。かなりの値段で、僕も若い頃でしたが、相当頑張って購入したのを覚えてます」
森山大道の写真は、「国際写真フェアとかの場所で、どんな遠くから見ても『大道さんの写真だ』と分かる」というオーラがあるという。
「この写真集も、『こんな瞬間、どうやったら撮れるんだよ』という場面ばかりが撮られています。僕も森山大道風に…と思いながら撮ったりもしますが、絶対敵わない(笑)。あと大道さんの写真は、写真に気持ちが写っている。これは荒木(経惟)さんも同じです。そういえば荒木さんは河瀬さんと同じで、撮られているときウソを付くとバレますね」
森山大道も、映画『光』の中の雅哉も、狩人のような鋭い視線で世界と向き合い、嘘のない写真を撮ろうとしている。永瀬は「僕はまだそこまで行けていない」と話す。
「僕は撮るとき、少しカッコつけたり良い人ぶったりしちゃいますもん(笑)。映画の雅哉はそれが嫌で、そこを突破した先、にある真実を撮ろうとしていたんだと思います」
『狩人 A HUNTER』
森山大道著
タカ・イシイギャラリー刊/絶版
世界的評価を受ける写真家の伝説的作品集(1972年刊)の復刻版。当時の日本の景色が“アレ・ブレ・ボケ”とも呼ばれるハイコントラストのモノクロ写真で荒々しく切り取られている。
永瀬正敏
1966年7月15日生まれ。宮崎県出身。1983年のデビュー以来、ジム・ジャームッシュ監督『ミステリー・トレイン』(や山田洋次監督『息子』など国内外の100本近くの作品に出演。数々の賞を受賞。写真家としても活動し、現在までに多数の個展を開いて20年以上のキャリアを持つ。
『光』
映画の音声ガイドを作成する美佐子は、弱視の天才カメラマン・雅哉と出逢う。美佐子は雅哉の無愛想さに苛立ちながらも、彼の写真に心を動かされる。命より大事なカメラを前に、次第に視力を奪われる雅哉。彼と過ごす美佐子の何かが変わりはじめ……。監督・脚本:河瀨直美、出演:永瀬正敏、水崎綾女ほか。配給:キノフィルムズ。5月27日[土]、新宿バルト9、丸の内TOEIほか全国公開!
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