数日間の行方不明の後、夫が侵略者に乗っ取られて帰ってくる、という大胆なアイデアをもとに、迫りくる侵略のサスペンスと壮大な愛の物語を見事に融合させて、大ヒットを記録した映画『散歩する侵略者』。そのアナザーストーリーとして、“侵略者がやってきたそのとき、別の街では何が起きていたのか?”という着想から、映画『散歩する侵略者』の製作チームが再結集し、新たな設定とキャストで誕生したスピンオフドラマが『予兆 散歩する侵略者』だ。WOWOWでドラマ第1話がOAされるや大きな反響を巻き起こしたこの作品が、11月11日より『予兆 散歩する侵略者 劇場版』として急遽劇場公開が決定! 今回はそれを記念して、本編とはまた異なるアプローチで描かれた不穏な空気が渦巻く恐怖と驚愕の世界の中で、必死に自分たちの世界を守ろうとする主人公・山際悦子役を演じる夏帆に、本作の見どころから重要なキーワードである“愛”という概念についてまでを語ってもらった。
——本作の主人公・山際悦子役を演じる上で意識した点はありますか?
夏帆 悦子って“どんなに世界が変わろうとも夫を守りたい”という想いを貫いていく、とても意思の強い女性なんですよね。今回は、悦子の恐怖する表情を見せるという芝居が多かったのですが、その中にあって、いかに彼女の強さを表現するのか、という部分は黒沢監督からも何度も演伎指導を受けましたし、常に意識していました。
——なるほど。ではその上で印象深かったシーンといえば?
夏帆 TVシリーズでは3話目のラストに当たるんですが、カメラ目線で「あの男の好きにはさせない」って言うシーンがあって、そこから悦子が覚醒するという大事な場面ですね。すごく素敵に撮っていただいというのもあって印象深いですね。
——本作に対して、黒沢監督は「壮大で身の毛のよだつ出来事が、可能な限りリアルに描写されています」とコメントを残し、脚本の高橋洋さんは「観客が見てゆくうちに、え、これヤバイ……って気づくような怖さ」と仰っています。観客に恐怖を感じさせるべく意識した点を教えてください。
夏帆 なんだろう? そこは黒沢さんの演出通りに演じていただけなので……。
——そういったアプローチって、よくあるんですか?
夏帆 そうですね。作品に関わるとき私は「監督の作りたいイメージを形にしたい」と思っているので、基本的に演出通りに演じるということが多いんですが、今回は特に“余計なことをしない”というのを心掛けて臨みました。
——それはなぜ?
夏帆 必要のない過剰な芝居をしてしまったら黒沢さんから、違いますとその都度ご指摘を受けましたし、黒沢さんはとても綿密に計算して演出なさるんです。なので、黒沢さんの演出をきちんと体現するというのを大事にしていました。
——となると撮影前に、どう演技するのか監督と話し合ったり?
夏帆 いえ、そこら辺を言葉で説明する方ではないので、話し合うのではなく、そこは自分で考えて感じ取って。黒沢さんの演出方法って、ここでセリフを言ったら、ここに移動して…って役者の動きが決まっているんです。そこで「じゃあ、なぜそう動いていくのか」というのを考え、その間を埋めていくのが私の仕事だと思っていました。
——では、改めて恐怖を煽る演出での見どころを教えてください。
夏帆 極端に恐怖を煽るような演出はなにひとつないのですが、心が騒めくというか、不安になる。なんとも言えない違和感を感じるんです。例えば、家の中で揺れるカーテンの動きひとつとってもそう。悦子と辰雄が住んでいる家もすごく変わった間取りになっているんですが、それも観客の不安を煽るようになっていて、絶妙なカメラワークと役者の動き、それらを計算して画を作っていらっしゃるのです。この空間の見せ方は、黒沢さんの作品ならではの世界観なのかなと感じました。長回しのシーンが多いのですが、絶妙なカメラワークで、観ていて次にどんなことが起こるのか予測できない。静かに、そしてリアルに侵略されていく様が見事に描かれています。台本を読んでいて結末も知っているはずなのに、思わず息を詰めてドキドキしながら観ました。
——演じている側の感じる不安が、観ている側にもリアルなザワザワを感じさせるんですね。
夏帆 そうですね。それでいて恐怖だけではなく、映像としてとても美しいんです。 その世界観の中に自分が参加できたというのも嬉しかったし、またそれが劇場版として公開されるなんて夢にも思わなかったので、すごく嬉しいですね。実際に撮影時から、この作品に対してすごく手応えを感じていて。映画館という環境だとより一層、この作品の世界観を楽しんで頂けると思いますし、今回劇場版という形で世に出せることになったからには、大勢の方に観て頂きたいなと思っています。
——“概念”を奪うことで、知らぬ間に自分のすぐ近くまで侵略の手が伸びているという怖さって、すごくリアルですよね。つい「奪われたくない概念とは?」って考えさせられたりして。夏帆さんはドラマの完成披露舞台挨拶の際に、奪われたくない概念として“味覚”を挙げていましたが、それ以外にも奪われたくない概念ってありますか?
夏帆 この質問は絶対にされると思ってました(笑)! う~ん……なんですかねぇ? 改めて考えると、恐怖心や劣等感など自分の中にあるマイナスの概念でさえ、奪われるのはイヤだなぁと思いますし……。
——マイナスな概念はなくなっても問題なさそうですが。
夏帆 私自身が、そういったものをバネにして、これまでやってきたので、それが失われたら自分でなくなってしまうんじゃないかって思いますね。もし、そうなったら……怠けた人間になってしまいそうな気がします(苦笑)。
——「予兆」というタイトル通り、ある種の不穏な出来事の始まりを感じさせて物語は終わります。もし自分なら、あの世界でどのように生きていくか考えたりしますか?
夏帆 侵略してきちゃったならしょうがないし、もう諦めるしかないですよね(苦笑)。自分ひとりだけ助かってもしょうがないですもんねぇ……。
——そうですね、ひとりぼっちはキツイですよね。そこで本作では“常軌を逸していく世界で、ただひとつ揺らがないものとは?”という問いかけに対して“愛”というキーワードが浮かび上がってきます。夏帆さんにとっての“愛”とは?
夏帆 悦子にとっては本当に大事な人である辰雄を守るということが愛であり、イコール自分の日常を守りたい。ということだと思うんですよね。「世界を守れ」なんて言われてもピンとこないけど、「自分の周囲の世界を守りたい」という気持ちは私にもすごく分かります。でも……う~ん、私自身にとっての愛とは何かと訊かれたら難しいですね。
——愛する人と生きる“日常”という概念を守るため、悦子は強く変わっていくと考えると、それは人間にとってすごく大事なものなんでしょうね。実は10年前にとある取材で、夏帆さんに「映画とは自分にとってどういう存在ですか?」という質問を投げかけた際に、「なかなかひと言では言い表せないので、10年後にまた同じ質問をしてください!」とお答え頂いたことがありまして……。
夏帆 うわぁ~なんてこと言ったんだ……本当に(苦笑)!
——あれから10年経った今、当時の夏帆さんにとって“ひと言では言い表せない存在”で、今では“日常”となっている映画という概念を奪い取ったらどうなっちゃいますかね?
夏帆 10代の頃からこの仕事に就いていて、それしかやってきていないので、この“日常”がなくなるというのは……ちょっと考えられない。そう思うと当たり前のようにあるものを失うのって、本当に怖いですね。
↓ファンのみなさんへ、夏帆さんからのメッセージです。