MJ CULTURE

2017.05.25 Thu UPDATE CULTURE INTERVIEW

今月の映画のハナシ。映画監督 吉田大八『美しい星』

今月の映画のハナシ。映画監督 吉田大八『美しい星』

まるで「処女作」を
撮ったような
気持ちでいます

 ある日突然、自分が“宇宙人”である事に目覚めてしまった一家4人が巻き起こす悲喜劇を描いた文豪・三島由紀夫による異色SF小説を、『桐島、部活やめるってよ』『紙の月』で知られる鬼才・吉田大八が映画化。執筆当時の1960年代から現代へと舞台を大胆に変更し、観る者の心を揺さぶる痛快な覚醒エンターテインメントとして再構築。長年にわたって本作の映画化を夢見てきたという吉田大八監督に、作品に込めた想いを語ってもらった。

『美しい星』は僕が大学時代に出合い、とても大きな影響を受けた小説です。三島由紀夫といえば純文学の巨星であり、文学史に登場する偉人というイメージでしたが、この作品は『デビルマン』や筒井康隆のSF小説など、僕が好きだった世界観の延長線上にあり、それがまず意外でした。衝撃だったのはラストの展開です。そこまで繊細で緻密に積み上げてきたものを、最後の最後であっさりと壊してしまうんです。例えるなら、ギタリストがステージ上でギターを叩き壊すような感覚で、なんでそんなことするんだと思いながらも、その潔さが純粋にカッコイイと感じました。そういう作家としての姿勢や態度に惹かれたんでしょうね。壊すことを恐れないという理念は僕の作品作りの根底にもありますが、それはこの小説から影響を受けたものです。それにしても、映画の撮り方もよく知らない学生時代に初めて「映画にしたい」と思った原点のような存在を映画化できたわけですから、自分の幸運に驚きます。
 作品が書かれた1960年代と現代では社会情勢がかなり異なるため、現代に置き換える脚本作業にはとても苦労しました。原作の背景には東西冷戦が引き起こす核兵器戦争が人類の存続を脅かすものとして描かれていますが、現代においてそれに相当するものは何だろうかと考えた時、まず最初に頭に浮かんだのは3.11以降の原発問題でした。しかしそれだとどうしてもYES or NOの政策論になってしまう。それよりも、異常気象や温暖化から原発をも含んだエネルギー問題とその根底にある人口爆発の問題を複合的に扱う方が、原作のイメージに見合うと思うようになりました。また家族の在り方も当時と現代ではかなり違います。父親を中心に一家が一体となって動くことは少なくなり、今は家族がバラバラに社会にアクセスする時代。家族とは、この地球でつかの間の時間を共有する仲間という感覚のほうが近いと思います。まるで宇宙人と話をしているかのように、親子が価値観を分かち合えない今の社会を考えると、家族が宇宙人の寄せ集めであると書いた三島さんは、かなり時代を先取りしていたような気がします。いずれにせよ、僕としては、原作を初めて読んだ時に受け取った衝撃の感覚に一番近いものを、2017年に再現しようと思いました。
 俳優陣の演技にはずいぶんと助けられました。“宇宙人であることに目覚めた地球人”という、何の手本もなく、イメージしづらいキャラクターたちを、わからないまま演ってみせてくれた。説明がないと見通しが立たないというタイプの方がいたら難しかったと思います。まず演ってもらって、1カットごとに判断し、それを積み重ねていくやり方に、リリー・フランキーさんをはじめ皆さんが根気よく付き合い、素晴らしい演技を披露してくださった。30年待った甲斐があったと思います。
 印象深いのは「地球人には救う価値があるか?」を討論するクライマックスシーンです。ここでの会話がある温度まで上がらない限り、この映画は成立しないと思っていました。脚本上で何回もシミュレートしましたが、何しろ大の大人が真剣な面持ちで「我々太陽系連合としては~」などと言い合っているわけで、一歩でも間違うと大惨事だと(笑)。このシーンの撮影は、今思い出しても胸が苦しくなるくらいに震えましたが、結果的には思い描いていた以上の高みまで到達できたのではないかと、満足しています。
 この映画には、自分の好きなものや見たいものだけを自分の気持ちに忠実に詰め込みました。自分のコアな部分を高い純度で出し切った作品です。人生最大の賭けに出ました(笑)。どう受け止められるかわかりませんが、僕自身、作り手の魂に直接触れることができる映画が好きですし、そこからしか映画の自由も生まれないと思います。撮りたいと思ったのが今までのどの作品よりも前だったこともあり、まるで「処女作」を撮ったような気持ちでいます。ぜひ新人監督の1本目だと思って観ていただきたいです。

 

PROFILE
1963年生まれ、鹿児島県出身。長年にわたってCMディレクターとして活躍した後、2007年に『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で長編映画監督デビュー。以降、『クヒオ大佐』(’09年)、『パーマネント野ばら』(’10年)、『桐島、部活やめるってよ』(’12年)、『紙の月』(’14年)を手掛けてきた。現在の公開待機作に『羊の木』(’18年)がある。

 

 

『美しい星』

(C) 2017「美しい星」製作委員会

お天気キャスターの父、フリーターの息子、女子大生の娘、孤独な主婦の母。ある日、一家が宇宙人として覚醒し“美しい星・地球”を救う使命を託される。活き活きと活動を行なうが、やがて一家の前に謎の男が現れ「地球に救う価値はあるか」と問いかける…。

監督:吉田大八、原作:三島由紀夫「美しい星」(新潮文庫刊)、出演:リリー・フランキー、亀梨和也、橋本 愛、中嶋朋子ほか。5月26日[金]より全国ロードショー

 

 

Photo: TEPPEI HOSHIDA
Text: DAISUKE OKAMOTO

« 一覧