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2016.12.02 Fri UPDATE CULTURE

映画監督・音楽家 半野喜弘さんの書棚

映画監督・音楽家 半野喜弘さんの書棚

MJの連載「今月の本のハナシ。」

 

毎回、各界の著名人が思い入れのある1冊について自身のキャリアや経験を交えつつ語っていただいているが、ここMJPでは、本誌とはまた別な1冊(ないしは2冊)を紹介。

また、スペースの都合上、入りきらなかったこぼれ話も。

 

’97年、30歳を目前に渡仏するやパリを拠点に活動。エレクトロニックミュージックをはじめとするジャンルも表現形態も国境も超えた音楽作品を発表し、その才能を坂本龍一が絶賛するほか、映画音楽でも世界の名匠たちを魅了して止まない半野喜弘さん。
MJ12月号の連載「今月の本のハナシ。」では、そんな気鋭の音楽家であり、11月19日公開の『雨にゆれる女』で映画監督としてデビューを果たした半野さんに「映画作りにも影響を与えた1冊」について話いただきましたが、こちらMJPではパーソナルな部分での“俺の1冊”を紹介してもらいます。

 

――MJ12月号では「現実と神話性の調和。“人間とは何なのか?”という根源的な問いかけをしているところが自分の表現したい題材にも通じる」という理由で中上健次の『千年の愉楽』(河出文庫)を紹介。MJPの1冊は何でしょうか?

 

松本大洋の漫画『花男』になります。

 

――実写映画化された『青い春』や『ピンポン』、アニメになった『鉄コン筋クリート』の陰に隠れた印象もありますが、面白い作品ですよね。

 

どの作品も面白いし、好きなんですよ。 でも僕は、断然『花男』。いわゆる野球バカの父親と常識的で頭のいい息子との親子愛の話で、僕の息子が、漫画に出てくる茂雄と同じ9歳になるのですが、自分に子どもができてからは、より『花男』が魅力的に映るようになりました。

 

――ある日、「男の夢を砕くのは女と子どもです」とバットを手に家を出て行て行った父親の花男。それ以来、母親と暮らしていた息子の茂雄は、ある夏、一人暮らしをしている父のもとに預けられることになり…という少々、複雑な親子関係が描かれる物語。

 

最初のうち茂雄は、常識も生活能力もない花男に対して不満を募らせるんですよ。まあ、傍から見ればいい歳して「巨人に入団してでっかいホームランを打つこと」が夢で、普段は草野球の助っ人としてお金とか野菜をもらって生活してるような人だから当たり前っちゃ当たり前なんですが(笑)、シニカルな息子が、父親のペースにだんだん飲み込まれて…という過程が面白いです。

 

――花男のセリフには、いい言葉がたくさん出てきます。

 

海に入り「冷たい!」と騒ぐ茂雄に「それが海だ。大切なのは感じること。心で聞け」とか、印象的な言葉はたくさんありますよね。でも、言葉以上に大切なものを教えてくれる。しかも無駄なコマもセリフもない中、シンプルに、なおかつエンターテインメントとして描かれているところが素晴らしいと思います。

 

――『花男』が教える「大切なこと」は何だと思いますか?

 

あくまで僕の解釈ですが、『花男』のメッセージは「物事の何が幸福で何が不幸で、何が大切で何が大切じゃないか? それを決めるのは自分だ」ということ。要は、自分でそれを決められることが大切で、決められた人は幸せなんだということが言いたかったんじゃないかと想像するんですよ。

 

――花男という主人公は、風来坊に見えて高校時代は名の通ったスラッガーで、毎年プロ球団から誘いがあるほどの強打者。でも昔、長嶋茂雄に「いつまでも夢を信じることだ」と言われたことがあり、その長嶋との約束を果たすためだけに生きている。

 

高校を出て巨人に誘われるも(かつて長嶋が付けていて永久欠番になっている)3番じゃなきゃイヤだと言うものだから、交渉が決裂するんですよね。バカと言うか天然というか(笑)。普通であれば、どこかほかの球団に入ります。でも花男は、頑としてどこにも行かない。で、クライマックス。30歳にして念願の巨人に入団し、茂雄に予告した通りホームランを打つ。めちゃくちゃ盛り上がるシーンです。でも僕は、あの場面で打ったことがスゴイんじゃなくて、12年間も長嶋との約束をひたすら思い続け、練習をやり続けてきた花男を思い感動してしまう。父親として息子に教えたかったのは、きっとそういうことなんだろうなと。自分も父親になって、そうありたいと思います。

 

――松本大洋さんの作品の魅力は何だと思いますか?

 

『花男』のように歳を重ねるたびに読んだ時の印象が変わるところ。スーパーヒーローものとしても楽しめる中に、メッセージがあるところ。『ピンポン』も『鉄コン』も、ある種のユートピアを描いていると思うんですね。絵柄もリアリズムの世界とは、どこかかけ離れてる。でも圧倒的な虚構の世界を作り、そこにちゃんと現実を描いているから惹き込まれる。それって実は、中上健次も同じだと思うんですよ。僕もフィクションの中だからこそ存在することができるリアリティを映画で描きたいし、何年か後に、もう一度観ていただけるような映画作りを目指しています。機会があれば『雨にゆれる女』もぜひご覧ください。

 

PROFILE
半野喜弘

1968年1月22日生まれ。大阪府出身。’93年よりジャズ・ヒップホップの音楽活動を始め、’97年、渡仏。翌’98年にホウ・シャオシェン監督の映画『フラワーズ・オブ・シャンハイ』の映画音楽を担当し、仏で評価を受ける。半野喜弘名義以外でも幅広く音楽活動を行う。

 

 

01
『雨にゆれる女』

飯田健次という別人として、勤務先の工場と自宅を往復するだけの孤独な日々を送る男。ある夜、同僚が健次の自宅に理美と名乗る女を連れて現れ、彼女を一晩だけ預かって欲しいと頼み込む。

配給:ビターズ・エンド
監督・脚本・編集・音楽:半野喜弘、出演:青木崇弘、大野いと、岡山天音ほか。
テアトル新宿にてレイトショー他、全国にて順次公開

©『雨にゆれる女』members

 

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