スタジオにくゆる紫煙、着くずしたスーツにどこかけだるい表情でカメラを向くのは昨年から今年にかけて映画『キセキ‐あの日のソビト‐』『ユリゴコロ』『彼女がその名を知らない鳥たち』『不能犯』…と振り幅広く活躍する松坂桃李。そんな中、満を持して公開される最新作が『孤狼の血』だ。血沸き肉躍る、男たち渇望のハードボイルドエンターテインメントで、今度はどんな表情を見せてくれるのか? ここでは、『メンズジョーカー5月号』誌面のインタビュー内容に加え、ここ数年の俳優としての立ち位置、そして矜持を聞く――。
――ご無沙汰しております。映画『孤狼の血』、拝見しました。めちゃくちゃシビレました。
うれしい、ありがとうございます!
――女性には、ちょっと抵抗が…? という気もしますが(笑)、男ならば血沸き肉躍る、近年稀に見るハードボイルドエンターテインメント作品だと思いますし、心荒ぶる人間ドラマ。多くの人に観ていただきたいなと。
そうですね。久しぶりに胸躍る作品だと思いますし、男の血が騒ぐ現場でしたし、きっと観終わった後に“あれ? 俺…強くなったんじゃないかな?”と錯覚するような。それくらい“アガる”作品。メンズジョーカーの読者世代にはドンピシャな作品なんじゃないかと思います。
――白石和彌監督も「“男”を感じる現場でした」「否が応でも体温が上がる、問答無用のおもしろさが待っているはずです」と。役所さんも「かつて男たちはこうした映画を劇場で観ると、感化され、怒り肩で風を切るように街へ出て行ったものです。久々にそんな魅力を持った作品が誕生しました」とコメントされていましたね。
出演している自分で言うのも何ですけど、僕はこの作品が大好きですし、掛け値なしにおもしろい。現時点での僕の代表作のひとつになりましたね。
――人間の感情をあぶりだすべく、粘り強く辛抱するのが白石監督の撮影スタイル。シーンによっては何度も撮り直したそうですが、ご苦労は?
白石組は毎回、何が起こるかわからない現場ですし、今回は広島でのオールロケでしたし、早朝から夜遅くまで撮影したりと、たくさん苦労もあったはずなのに、それも含めて楽しい思い出になってしまうから困ったもので。本当~に、キツいんですよ?(笑)。でも後々、振り返ると“楽しかったから、まあいっか”ってなっちゃう。だから大変なことがすべて帳消しにされてしまって、あまり思い出せないのが悔しいんです。
――聞けば、ハードな撮影を乗り切る心の拠り所がバナナだったとか?
そうですね(笑)。その日一日の燃料であり、「食べたから大丈夫」という安心材料でもあり。毎日朝1本食べて、現場に臨んでいました。
――『彼女がその名を知らない鳥たち』(’17年)からほとんど間を置かずに、再び白石組へ参加。前作では、薄っぺらいゲス男を。『孤狼の血』では、役所広司さん演じる刑事・大上章吾の部下で、県警本部から赴任した一流大学出身の若手刑事・日岡秀一。今回も非常に難しい役となりました。
ネタバレになるので多くは語れませんが…広島の呉原東署に配属された新人で、自分の正義を信じる熱血漢でありながら裏もある役どころで。そんな彼が、配属先で大上という、やくざとの癒着も噂されるベテランとコンビを組むことに。上司と部下から徐々にバディの関係となって、師や父親のような関係性へと変わっていく中で、自分の正義も形を変えていく。その変化のストロークを意識しながら丁寧に演じることが大事だと思いましたし、難役であるぶん、やり甲斐も感じました。
――白石監督は『彼女がその名を知らない鳥たち』と『孤狼の血』。その両方で仕事をしてみて「クレバー。自分の役割と、だからこそ今こういう芝居なんだという、バランスをよく見ている」と、松坂さんのことを評されていました。
いや~、買いかぶりすぎです(笑)。おっしゃる通り役割を考えて「作品の歯車の一部になる」ということは常々意識して現場に臨んではいますけど、「クレバー」かどうかは…。
――しかし、監督の信頼を感じるコメントですし、実際に本作では任された部分も多かったのでは?
「やってみていいよ」と直接、言われたわけではありませんが、そういう雰囲気を監督から感じた気がして。ハードルを高く据えられた…と言いますか。芝居に関してある程度、任せてもらえたことがうれしかったですし、そのぶん緊張感もありました。日岡と同様、役所さん演じる大上さんの背中を見ながら。役所さんが作り上げるガミさん(大上の愛称)の一挙手一投足を見逃すまいと、シーン毎の感情を大事に演じました。
――ちなみに、『彼女がその名を知らない鳥たち』と『孤狼の血』の間に公開された『不能犯』(’18年)の白石晃士監督は「仕事はとにかく真面目。自分でやれることはなるべく限界までやる。宣伝のために、本業ではないバラエティ番組に出る仕事もめちゃめちゃやってくれた。普通、あそこまでやってくれないです」と。
それはもう…(白石)和彌監督の現場もそうですけど、見ていますからね。限られた条件の中で必死になっているスタッフさんの姿を。その作品でクレジットのも上にくる役をいただいているのであれば責任もありますし、何よりそんな思いの詰まった作品を世に届けたい。じゃあ、僕にできることであれば、時間の許す限り何でもやりますと。数年前までは苦手意識もあって「バラエティはちょっと…」と言っていた時期もあるので、その当時の自分をぶん殴ってやりたい気分です(笑)
――同じく白石晃士監督は、松坂さんの仕事に対する姿勢を「ちゃんと遠くを見ている。俳優という仕事の向こう側を見ながら、広い海に向けて舵をきっている」。また白石和彌監督は「人生において自分がどういう時期にいるかを俯瞰で見ている」とも。弊誌のインタビューでも、20代半ばからそういう視点で話しをされていたと記憶します。
そうですね…持って生まれた才能や各々のやり方、スタンスってあると思うんですけど…例えば、思いっきり個性でブッちぎっていく人とか、存在感で真ん中を張り続けていける人とか。でも僕の場合、(白石)和彌監督の言葉を借りれば俯瞰して、そうではないと思ったので。だから、「歯車になる」ということに注力して、各作品で与えられた役割を全うていこうと。どんな役だろうが、作品だろうが。で、そこで着いた色なりを作品ごとに濃くしていく――そんなふうなやり方は、おっしゃるように20代の半ばくらいから意識してやってきました。
――前回、弊誌の表紙にご登場いただいたのが、おおよそ3年前。映画だけでもバイオリニストを演じた『マエストロ!』、セックス依存症の天才外科医を演じた『エイプリルフールズ』、役所広司さんと共演し、物語の鍵を握る陸軍少佐を演じた『日本のいちばん長い日』、オカマ役という、これまでにない役に挑戦した『ピース オブ ケイク』、イメージを覆す悪役で驚かせた『図書館戦争 THE LAST MISSION』『劇場版 MOZU』(すべて’15年)。非常にふり幅が広く、なおかつ野心的な役に臨まれた年で。
それくらいから今まで自分がやってきた役とは違った色の役をやってみる、という方向で数年間、チャレンジを重ねてきて。楽器を覚える、裸になる、坊主頭になる…大変なことはできればやりたくないんですけどね。でも、やってしまう。うーん…ドMなのかな…(笑)
――で、昨年から今年にかけて『キセキ‐あの日のソビト‐』『ユリゴコロ』『彼女がその名を知らない鳥たち』(すべて’17年)、『不能犯』『孤狼の血』…と、再びチャレンジングな年に。とりわけ、『孤狼の血』で演じた日岡は、ここ数年で演じてこられた役の色んな部分…松坂さんの言う「色」を内包する役だったんじゃないかと想像するのですが。
確かに、自分がその時々で出来うる限りの役をやらせてもらって…その結果が『彼女がその名を知らない鳥たち』『不能犯』『孤狼の血』に繋がった。そんな感触はあります。目指すは、(白石)和彌監督がおっしゃった俳優としての「バランス」ですからね。そういう意味で役所さんは、僕なんかが言うのはおこがましいですが、究極のバランサーじゃないかと思っていて。六角形のグラフ(レーダーチャート)が、どの方向にも同じように伸びているじゃないですか?
――『陸王』(TBS系)で演じた足袋屋の社長と、本作の破天荒な刑事。同じ人物だとは思えない。
しかも、それが限りなく円に近い、大きな丸になっている。どこか突出しているではなく、バランスよく、しかもそれぞれを最大限のところで演じられる俳優が僕の理想。『日本のいちばん長い日』ではあまり絡む時間がなかった役所さんと、今回バディとして多くの時間を過ごさせてもらったことは、自分にとって大きな財産になりました。今年30歳になりますが、自分の40代、50代を考えた時に、役所さんのように“丸く”、色の濃い俳優になりたい。そう心から思える、尊敬すべき大先輩ですね。
――とはいえ、最近の松坂さんは“いい人”なイメージが先行している気も…。
とりたてていい人ではないと自分では思うんですけど、そう見られるのであれば無理して悪ぶる必要もないかなと。でも、それは芝居として作品の中で出せばいい。表に出さずにストックしておいて、しかるべき作品で、しかるべき役でその気持ちを引き出せばいい。最近はそう思うようになりました。
――すべては芝居のために。『彼女がその名を知らない鳥たち』のインタビューで「“ワクワクするようなものが作品の根底にある”と思えるかどうかが出演の決め手」とおっしゃっていましたが、その「ワクワクするようなもの」とは何でしょう?
自分がハードルを感じるものがワクワクに繋がっていて。そのワクワク感が作品に対して持てると、それこそお客さんに届けるところまでがんばろうと思えますし、同時に怖さもありますが、その気持ちは40代、50代になっても変わらず持ち続けたいと思います。
――では、『孤狼の血』をより多くの人に届けるべく、メッセージをお願いします。
劇中で大上さんが「じゃあ聞くがの、正義とはなんじゃ?」と日岡に問いますが、まさにそれが本作のテーマで。大上さんの背中を追いかけて、目の前で起こっていることを自分の目で見て確かめていくうちに、日岡の正義に対する物差しが変わっていくんです。一方で、学校などで教えられた日岡の正義…ルールに沿った正義は、現代の倫理観の表れなのかもしれない。演じながら、そんなことも考えました。
――ガミさんの愛用するライター、“孤狼の血”の意味、日岡のその後…。観終わった後、誰かと語り合ってほしいです。
みんな「ガミさん」と呼ぶけど、本当は…とか。“孤独の狼の血”の「血」とは、血しぶきのことでもあり、最終的には血脈という意味もあり…とか。日岡と同じ目線で、いろんなことを考えられる作品。ともかく大上さんがカッコイイ、メンズジョーカーの読者には、できれば男同士で観ていただきたいハードボイルドエンターテインメントになりました。ぜひ、劇場に足を運んでください!
□松坂桃李 プロフィール
1988年10月17日生まれ。神奈川県出身。2009年、『侍戦隊シンケンジャー』で俳優デビュー。映画『ツナグ』『マエストロ!』などで立て続けに主演を務め、2012年、連続テレビ小説『梅ちゃん先生』、2017年の同『わろてんか』で2度、ヒロインの夫を演じ話題に。その後も映画『日本のいちばん長い日』『ピース オブ ケイク』『劇場版MOZU』など話題作に出演。今年は主演作『不能犯』が公開され、『娼年』が4月6日[金]より全国東宝系にて公開中。『孤狼の血』は5月12日[土]より全国ロードショー。
映画『孤狼の血』 は5月12日[土]より全国公開!
物語の舞台は、昭和63年、暴力団対策法成立直前の広島。所轄署に配属となった日岡秀一は、暴力団との癒着を噂される刑事・大上章吾とともに、金融会社社員失踪事件の捜査を担当する。常軌を逸した大上の捜査に戸惑う日岡。失踪事件を発端に、対立する暴力団組同士の抗争が激化し…。
監督:白石和彌、原作:柚月裕子(「孤狼の血」角川文庫刊)、出演:役所広司、松坂桃李、真木よう子/中村獅童、竹野内豊/ピエール瀧、石橋蓮司・江口洋介ほか。
(C)2018「孤狼の血」製作委員会
公式サイト
http://www.korou.jp/
Interview&Text:TATSUNORI HASHIMOTO
Photo:KAZUKI NAGAYAMA[S-14]
Styling:SHOGO ITO
Hair&Make:RYO MATSUDA[Y’s C]